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【御願】お供え物は不要

ユタ・御願のうわさ話 3か月前 / 

= クロトンさん =

正月 お盆にお供え物は不要です
本来 神やあの世の人の食べ物は煙なのです!ウチカビも煙なの知ってますね?
物体を食べれません・持って帰れません

いつの日から餅や重箱や果物やら業者やユタがビジネスの為に必要と作り出したのです
文化を継承し大事にしたいなら、日の浅いお供え物文化を辞めるべきでは?
文化を大事にしないとと言う年配の方々の矛盾に意味がわかりません!何も分かってないのは勉強しない年配方です
ミーハーになり真似事をしたがるのですね

文化を変えてる事に気づいてないのですか?
自分は古文を読みあさり沢山学びました
祖父母や親達に亡くなったら線香だけにするかと伝えています
本来の形に変えると伝えました

82個のコメント

匿名さん@2017年09月14日(木) 05:19

信じるか信じないかは貴方次第です。

匿名さん@2017年09月14日(木) 05:30

いい考えだわ
よんでないけど

匿名さん@2017年09月14日(木) 05:54

面白いなぁ、とても興味深いです。
現代のように、盆・正月に御馳走をお供えする行為が浸透したのは何かキッカケがあったんですか?
何がきっかけで今の形になって、どのように伝播していったのか教えてください。

匿名さん@2017年09月14日(木) 06:08

私もそう思ってました。私はまだ30代で重箱料理よりもビザやオードブル、ケーキの方がいいよ、という考えでした。
ですが今年父親が亡くなって気持ちが変わりました。
重箱料理やお餅、果物、砂糖菓子など昔の方からしたら贅沢な食べ物で、それらを子孫が供え、無駄にせずみんなで頂く。食べ物がある事にも感謝出来たし、私にとっては深く意味のあるものになりました。
父の好きな物も供えました。実際には持って帰れないかもしれない、無駄だと言われればそうかもしれません。でも私が供えたかったのです。

死んでしまったらどこに行くのか、どんな世界があるのか、私にはわかりませんが、父親には供え物をするのにそのご先祖様にはしない、という気持ちにはもうなれないと思います。

若輩者が失礼な想いを書いてしまい、不快になられたかもしれません。すみません。。

匿名さん@2017年09月14日(木) 06:25

面白い考えだけど、煙は食べないわな。
沖縄の怖い話で見て妄想しちゃったかな?
重箱については、戦前、王朝時代頃からあったと考えられてるんじゃなかった?
その頃にはもちろん業者は存在しない。
古文を読みあさったなら、重箱の中の品に意味があるのも、知ってるよね?
本来あれは、神様に捧げてる物だと考えるべきじゃない?
ビンシーや、ウチャナク、果物も意味がある。
義父が、子供に憑いて「わんねー ぬーん とぅてーねーらん やーさぬ ふしがらん」って言ってました。一応腹減るみたいですね。
煙なら、ちゃんと食べてるはずですが…?

匿名さん@2017年09月14日(木) 06:29

あ、それYouTubeで読みました。あの世の人の食べ物は線香の煙って確か内地の宗教だったんじゃないかな?確かに、だから線香たくんだと思いますがお供え物するとかは昔の琉球王朝時代からありますよね?貴方がやらなければいいだけですよ。皆さんはやりたいんですから。

匿名さん@2017年09月14日(木) 07:56

亡くなった人に食べ物を供えるのがもったいないって言ってるみたい
食べてほしいっていう気持ちがあれば供えても問題ないでしょ。

主の意見は全てが正しいとは言えないし、
亡くなったあとは線香だけにするって言われてるご両親達は可哀想。

ちんぬくさん@2017年09月14日(木) 08:21

私も勉強不足で、何が正しくて正解なのかわかりませんが、あなた様の意見に盆・正月の度「やりたくないクヮッチー作りバトル」を繰り広げる長男嫁(一部例外あり)の皆さんが、称賛してくれる事でしょう。
全てが気持ちなんでしょうね。気持ちならば、好物をお供えてあげれば良いんだと思います。遠いご先祖様の好物まではわからないけど。

匿名さん@2017年09月14日(木) 08:23

人それぞれ考え違うから、いいんじゃないかな。

匿名さん@2017年09月14日(木) 08:30

気持ちです。でもお盆の時とか仏壇にお線香炊いた時はご先祖様はその場にいると思ってます。なので伝えたい事報告したい事があれば線香炊いて呼んでます。ご先祖様が食べれないかもしれないし食べてるかもしれませんよね?やらないでいるよりはやった方がいいと思うので私はこれからもやります。

匿名さん@2017年09月14日(木) 08:42

暇ですか?私も暇な時サイト見てるんだけどあの世の人の食べ物は線香の煙って書いてますね。主さんはそういうサイトを見て知ったかぶりして言ってるんだと思います。

クロトンさん@2017年09月14日(木) 08:45

琉球神道は一番浅い歴史なのです
中国からきたのです
インドのバラモン教は一番古く7000年の歴史
仏教5000年前 神道3000年前 キリスト2000年
琉球神道は800年未満なのですよ
バラモン 仏教にしても煙が食べ物と昔からされてます! 線香の煙があの世の御馳走であり
道標で臭い消しと歴史書物に乗っています
今のお供えは意味がないとわかります

匿名さん@2017年09月14日(木) 08:46

お供え物の内容には
重箱にせよ果物にせよお花にせよ意味があります。
ユタさんだけが考えた内容ではありません。

匿名さん@2017年09月14日(木) 09:06

気持ちで感謝を伝えて生前好きなものをお供えしてらよいじゃないですか?うちかびも意味があるみたいなので、うちかびはやってあげては?あれもこれもは要らないと思いますが好きなものくらいはお供えしてあげたいですよね

匿名さん@2017年09月14日(木) 09:08

あ~、じゃあ、タバコが好きだった死んだおじいちゃん
に重箱ではなくタバコの煙を届ければいいのですか?先生。

匿名さん@2017年09月14日(木) 09:23

お供え物に意味があるか無いかは自分が死んでみるまで分からないですね。
私は「お供え」と言うより故人と一緒にお食事する意味合いで
昔ながらのお重箱やその他好きな物を並べています。ノンアルやコーヒーも出しますよ。

匿名さん@2017年09月14日(木) 09:28

沖縄の祖先崇拝は一般人からしたら文化、慣習的なものかなと思います。
特に宗教的に追求してなくてユタを頼む人もいれば葬式、法事にはお坊さん
正月や七五三には神社にお参りにいったりちゃんぷるーだと思います。
貧しい時代の昔は盆と正月だけはご先祖さまのために、正月という名目で奮発して
重箱のご馳走を作った。これが一族みんなが集まる楽しみでもあり栄養源だった名残なんでしょうね。
豚肉を食べることも普段はめったになかったと祖父母から聞いたことがあります。
今の時代は重箱も業者の作った物を買えますが、昔は重箱も、もちも全部手作りでした。
かまぼこは買っていたかもしれません。

匿名さん@2017年09月14日(木) 09:30

>自分は古文を読みあさり沢山学びました
それが間違っていたら、どうするの?
あなたが何を信じるかは自由だけど、他人に広めたいのなら宗教法人やら学会やら立ち上げて、責任の所在は明らかにするべきだと思いますよ。
言い逃げは誰でもできます。

匿名さん@2017年09月14日(木) 09:32

どんなでもいいよ、勝手にやっとけ

匿名さん@2017年09月14日(木) 09:42

誰か主を病院に連れていって下さい

匿名さん@2017年09月14日(木) 09:44

あ、わかった。
○○の科学の人だ。
仏教5000年て、、、

匿名さん@2017年09月14日(木) 09:53

お正月やお盆、お祭りなどのお供え物は昔の人がご馳走を食べるために作られ行事です。
それだけの事です。
勉強なんてする必要もないです。
今の時代には合わなくなってますね。

匿名さん@2017年09月14日(木) 10:12

>9:53
重箱は、王族が祭祀を行う際にも、神々へと食の感謝で用いてますが?
王族もヒンスーしてたのでしょうか?

匿名さん@2017年09月14日(木) 10:17

お坊さんは供養は線香ひとつでいいって
いいますよね。
一体何が正解か誰もわからない。
あの世から戻ってきた人は居ないし。

匿名さん@2017年09月14日(木) 10:26

宜保愛子さんが、お水お茶・生前好きだった食べ物を、ふと思いついた時にちょっと横に置いておくだけでも故人が喜ぶと言ってたよ。
煙とか正統なやり方は知らないけど、お供え物に込められた故人を想う「気持ち」を食べてくれる、でいいんじゃない?

匿名さん@2017年09月14日(木) 10:29

重箱は王族→士族→一般に伝わったと言われてますね。

匿名さん@2017年09月14日(木) 10:51

宗派の違いかな?
重箱のやり方とか、ウチカビを燃やす際に供え物の料理の品を一緒にとかって教えてましたが。
お坊さんによるのかな?

匿名さん@2017年09月14日(木) 11:03

早く主は病院行かないと

匿名さん@2017年09月14日(木) 11:20

過去を語るなら、最低限の勉強、知識は必要です。それを要らないと言う輩は、知ったかーと言います。

匿名さん@2017年09月14日(木) 11:22

気持ちが大事だと思います。
生きてる人が亡くなった人に思いをはせることが大事。お供え物も、何か食べさせてあげたい!とか、そういう事から始まったんじゃないかなーと思います。

匿名さん@2017年09月14日(木) 11:33

内地式仏壇の事言ってるのでは?内地は盆もそこまでお供え物しないですわね。シンプルだし。沖縄は派手にお迎えしますからあの世の祭りのようですよね。ご先祖様も喜んでると思います。何も飾らない、お茶と水だけなんて淋しいです。

匿名さん@2017年09月14日(木) 11:50

何も備えなかったら、ご先祖さまがあの世で笑われてしまいます。そんな事出来ません。

匿名さん@2017年09月14日(木) 11:50

供えでした

匿名さん@2017年09月14日(木) 11:59

2017年09月14日(木) 10:26、宜保さんの話しの補足。
仏壇やお盆行事に限ってるんじゃなくてね。
例えば普段家でくつろいでると急に「あれが食べたい」って思うことあるよね?そういう時は、ご先祖様や守護霊様がそう思ってるらしくて、そういう時は自分が食べるテーブルの横っちょにでも同じ物を分けて置いておくだけで、時にはお水だけ・お茶だけでも、十分な供養になるんだって。つまり心が入っているかが大事。
だからお供え物を否定するのは違うんじゃない?ってこと。豪華にするか質素にするかは生きてる人の価値観でいいと思うけど。

匿名さん@2017年09月14日(木) 12:01

主さんはなんか変
あなたのことを信じる人いるのかな

文化を重んじることは大事

匿名さん@2017年09月14日(木) 12:04

>祖父母や親達にはなくなったら線香だけにする
本来の形に変えると伝えました。

・・・・悲しい顔されまさんでしたか?

匿名さん@2017年09月14日(木) 13:54

主さんのやり方、考え方が沖縄で一般的になるのは何十年も先でしょうね。こちらに住んで10年、少しずつやり方が簡素化してきている。でも口の達者な高齢者がいる家はいつまでたっても変わらない。県外出身の考えを全く聞かない。

匿名さん@2017年09月14日(木) 14:09

そりゃーそーだよ
沖縄の文化なのになんでナイチャ~の言うこと聞くの?

匿名さん@2017年09月14日(木) 14:35

沖縄の文化だって、立派なうちなんちゅーもやらなくなっているのは確かだよ。

匿名さん@2017年09月14日(木) 14:35

だからよ、なんでナイチャーの言う事聞かないといけんの?沖縄の文化にナイチャーは黙ってて!

匿名さん@2017年09月14日(木) 14:48

だからよ。でしゃばり。ナイチャー!

匿名さん@2017年09月14日(木) 15:07

13:54
何十年経っても主がいうようには絶対にならないよ
絶対に。簡素化されることはあるでしょうけどね。

猫さん@2017年09月14日(木) 15:31

宗教の起源を調べると良いと思う。。。。

ユダヤ教もキリスト教もイスラム教も同じ神様を敬う。。。。

想うことが大事だと思う。

匿名さん@2017年09月14日(木) 17:08

?????

匿名さん@2017年09月14日(木) 18:22

私は宜保愛子さんだけは信じてます。あの人の先祖供養のやり方は本当だと思います。守護霊は亡くなった先祖です。又は関係のない人だったり生前お世話になった方だったり亡くなった動物だったりするそうです。でも守護霊が居ない人もいるそうでそんな人はどんな人かと言うと亡くなった人はどうせ灰になるんだし供養なんて馬鹿馬鹿しい〜と言ってる人なんだって。そんな人は先祖も守ってはくれないと言う事なんでしょうね。

匿名さん@2017年09月14日(木) 18:49

内地はお寺が盆と彼岸住職が拝みにくるのが普通なので沖縄より管理にコストかかりますよー。
オードブル程度なら安い。

匿名さん@2017年09月14日(木) 21:23

え?!お彼岸は、墓に行くけど住職なんて呼ばない。内地と言っても都心ではなく、地方なのかな?
間違いなく、沖縄生まれの仏壇持っている人がやらない家もあります。ましてや永代供養もでてきた世の中に仏滅全滅まではいかなくても少なくなるだろう。

匿名さん@2017年09月14日(木) 22:29

お墓がない人が永代供養するんでしょ?仏壇はあるからお盆はやるんじゃない?違うかな?

匿名さん@2017年09月15日(金) 04:30

東北地方で、お世話になっている?御寺の住職が呼ばなくても来て、玄関先で読経するって聞いた。
それに対して3~5万円プラスお米20㎏位かな持たせてたらしいけど、今年は息子と揉めたって話しを聞いた。

匿名さん@2017年09月15日(金) 08:41

良い 心療内科紹介しますか?

匿名さん@2017年09月15日(金) 11:45

うそか本当かは??だけど、首里のおばーは仏壇行事で昔は重箱なんて使わなかったって。
内地と一緒で祝い事でしか使わない物だったらしいけど、今はなんでもかんでも重箱で売って
ってぐじぐじ言うよ。
まー昔は重箱という入れ物が無かっただけのような気もするけど(笑)
なのでおばーの家は仏壇事では重箱ではなく皿で料理を盛ってるけど、多少は売りやすさとか
儲け易さを考えてセールスした結果、今の重箱事情になった気もする。
10年前は恵方巻なんて食べる習慣がほぼほぼなかった沖縄だけど、30年後には節分は仏壇に
恵方巻をうさげるって習慣が出来てそうな家庭が普通にありそうではある。

匿名さん@2017年09月15日(金) 12:48

>11:45
重箱は箱を積み重ねるから、その名前なのかな?
そう考えると、ただ重箱がなかったってだけでお供え物としての料理はあったと思いますよ?
県立博物館の歴史の展示で、ちゃんと重箱の紹介もされてました。
かまぼこも、古くからあったわけではなく、魚の代わりに入れていると考えられます。
なので、肝心なのは料理なんです。

匿名さん@2017年09月15日(金) 13:21

昔は重箱が無かったからお皿で盛り付けしてましたよ。今は注文する人が多くなって重箱で届きそのまま飾ってるだけです。私は手作りなので大皿、中皿、小皿に分けて盛り付けてます。

匿名さん@2017年09月16日(土) 11:37

重箱もお供え物も要らないというならばお墓も仏壇も要らないと言っているのと同じですよ。矛盾してませんか?

匿名さん@2017年09月16日(土) 12:05

うちの地域では、重箱とは別に皿に盛り付けたくわっちーも供えます。ご先祖様へは皿の、あの世に納めるのが重箱と教わりました。
あの世もいろいろ大変なのね。

匿名さん@2017年09月16日(土) 14:01

お供えするのにちょうどいい入れ物(重箱)だったからって聞いたことあります。
でも何もお供えしないのは淋しくないですか?重箱にこだわるわけではないけど自分たちで食べるご飯を同じ感じで仏壇にお供えするとかでも今風でいいと思うんですが・・・

てるみんさん@2017年09月16日(土) 23:08

全く不要とは思いませんがお供え物に納得がいかない事もあります。
うちは人数が少ないのにチュクン(重箱二組)じゃないといけないとか、糖尿病予備軍ばかりなのに大量の果物とお菓子・・・お餅もだし・・・人にあげようと声かけても「うちも同じよ~」って言われるし、捨てる訳にもいかないので食べてるけど、これじゃぁ、ご先祖様に心配かけるんじゃないかな・・・

匿名さん@2017年09月16日(土) 23:17

ご先祖様は大事という考えならば、、、
例えば千年前のご先祖様にとっては、重箱料理も斬新なものであるわけで。ということは、別に重箱料理というある時点の時代の物にそこまでこだわる必要もないと思われる。その世代世代で良いとされる物を備えてもいいのでは。もしくは、近い先祖のお気に入りの食べ物とかね。私自身がご先祖になったら、次世代のものでも構わない。

匿名さん@2017年09月17日(日) 00:22

料理の一品一品にそれぞれ意味があり、それをお供え物として神に食への感謝をするって意味合いらしいです。
肉は家畜(動物)、かまぼこ(海の物)、結び昆布は供養をほとく。豆腐(大地)汁から実(身)を成す
等そんだけの意味合いを込めての料理を昔の方々は神に感謝して、海の神々、大地の神々、命を敬ってきたと言う事です。
だから、ウチナーのソウルフードって言われるんだと思いますよ。
単純に「はい、食べてね。」ではなくて、いろんな命を犠牲にして、我々は生かされているという事に感謝して、健康を願う。それが重要なのかなと思います。

匿名さん@2017年09月17日(日) 09:45

それぞれに意味を持たせるようになったのも、ある時代の人よね?

匿名さん@2017年09月17日(日) 09:59

難癖ばっかりつけたがるのね~(笑)

匿名さん@2017年09月17日(日) 13:37

時代とともにそれぞれのやり方になってくるんですよね!お盆のウンケーやウークィの手順等も去年と変わってるとか思うけど誰1人何も言わないから不思議よね!これも簡素化なのかな?

匿名さん@2017年09月17日(日) 16:20

>9:45
そりゃそうだ!そもそも、お供え物事態は誰かが始めた事。
わざわざ、意味を持たしてって考えるくらいなら、最初からなんにも供えなければいいじゃん。線香も誰かが意味をもたらした。仏壇、ウコールもはっきり言って後付け。
先祖の教えを、ただウチナーンチュは守ろうとしてるだけじゃない?

匿名さん@2017年09月17日(日) 16:36

思いを馳せるその気持ちが一番大事。特にあの世のでは物質に価値を置かないからね。気持ち。とどのつまり、うさげる人の気持ちがのっていれば、何でもよい。手を合わせるだけでもよい。ご馳走並べたければやればよい。人に強制はよろしくない。ってこと。

匿名さん@2017年09月17日(日) 21:29

気持ちです!亡くなったご先祖様へ感謝とありがとうの気持ちを込めてご馳走したり線香立てたりお茶ウサゲタリ…やりたくない人はやらなければいいんです。私はやりますけどね。

匿名さん@2017年09月17日(日) 22:04

一品一品に意味があったって、供える人の心が澱んでいれば、供えられた先祖は嬉しくもなんともないわけよ。供えられた先祖が何十何百代も前の先祖だったら、さらにその供え物の意味すら意味ないわけよ。

匿名さん@2017年09月18日(月) 11:01

心が澱んでいたら、主のように線香だけで済ます。供物なんて供えない。
気持ちは大事だけど、気持ちだけでは通らない世界も存在するって事。

匿名さん@2017年09月18日(月) 11:49

物で済ませようとする心は、あの世には届かないよ。

匿名さん@2017年09月19日(火) 15:47

物で済ませようとする心…そんな卑しいこと考える人がいるんですね。何でも気持ちが大事!ケチケチしないでたくさんのご馳走を食べて欲しい派の私からしたらそんな卑しい人は線香も水もお茶も花も何もするな!手も合わせるな!自分が死んだ時同じことされて苦しめばいいんですよ。

匿名さん@2017年09月19日(火) 15:51

>自分が死んだ時同じことされて苦しめばいいんですよ。

怖いですぅ

匿名さん@2017年09月19日(火) 15:55

結局主は出てこないし…
やっぱり書き逃げだったね

匿名さん@2017年09月20日(水) 07:42

>>自分が死んだ時同じことされて苦しめばいいんですよ。

こういう考えが人々を縛りつけていることにも、気がついてほしい。自分はうがんして、お供えしているから救われる…なんですね。

匿名さん@2017年09月20日(水) 07:48

>こういう考えが人々を縛りつけていることにも

同感です。

匿名さん@2017年09月20日(水) 10:38

>こういう考えが人々を縛りつけている
お決まりのフレーズですが、やりたい人がやればいい。それぞれです。
伝え方はどうかと思いますが、重箱に関するコメならば、どっちにも取れるコメなのでどっちつかずですが。
やった方が良いの?って迷っている方は、やった方が良いと思うし、こじつけって思う方は各々のやり方で。
こちらで、強制されることもなければ、おそらく永遠に揺るがない正解が確立する事もないでしょう。
ユタを信じない人に信じさせるには、あの世の人や神にしかできないのですから。
ただ、半信半疑ならば、法事は親や周りの大人達からしきたりや作法を習い、それを自分の子供たちに伝えてきました。
服装に関しても、黒や紺色と暗黙のルールや了解等の常識が浸透してます。最近では作業服なども、見られ多少明るめの色でもOKみたいになりつつある中で、スーツやお洒落着はやはり黒であるべきって考えは、変わらないようです。
でも、これに疑問を唱える人はほとんどいません。故人を偲ぶ教えが、常識と認識させるからでしょうね。
でも不思議な事に、琉球王朝文化は元々中国から伝わりそれを元に仏事が伝承させてきたはず、しかし、お隣は爆竹を鳴らし派手に送るという考え方。でも沖縄は現在のスタイル。
本土とも違う仏教とも少しずれた、沖縄のやり方は神の島琉球王国に、説明できない神々の教えが存在してそれを後世に残してきたんだと思います。遠い祖先がこのような仏事を我々に残した意味合いを証明する事は不可能なので、こんな考え方もできるという感じでもいいのかな?って思います。

匿名さん@2017年09月20日(水) 10:50

やりたい人がやりたいようようにやれば O K ってことでせうか?

匿名さん@2017年09月20日(水) 11:10

強制も、脅迫もできないって事。
信じる信じないは自分次第。
親の教えが子孫に受け継がれて行くかも知れないし、そうじゃないかも知れない。
人に言われて苦痛に感じるならば、無視すればいい。自分の教えが子供たちに受け継がれていくという意味では、
>自分が死んだ時同じことされて苦しめばいいんですよ。
って部分はちょっとだけ納得かな?結局は自己責任。自分のまいた種。

匿名さん@2017年09月20日(水) 12:37

供養の意味もあるけど、生きてる人のグリーフケアになってるのが大きいと思う

匿名さん@2017年09月20日(水) 14:46

やらないよりやった方がいいに決まってます。

匿名さん@2017年09月20日(水) 18:56

>やらないよりやった方がいいに決まってます。

決まってはないよ。人それぞれ。宗教も。
沖縄にだって、クリスチャンはいるし、永代供養を選択される方もいる。異宗教同士の結婚もある。

特にこれからの時代は、沖縄だけのやり方を継続していくのは、難しい時代に入り始めてきていると思う。沖縄で生まれ育っても、県外や海外へ出る人もどんどん増えてきているからね。逆に、県外から、沖縄への移住もあるしね。時間の問題。ゆっくりと物事が進んで行く時代ではなくなったから、余計に変化が早く感じられ、戸惑う人も多いはずなんだけどね。

不思議なのは、世界中で喪の時は黒、神や聖人等を光で表すことが共通認識として多いということ。

匿名さん@2017年10月05日(木) 08:25

彼岸は、もちろんフチャギでしょう笑

匿名さん@2017年10月05日(木) 08:27


間違えました^^;
十五夜は、フチャギでしょう笑

匿名さん@2017年10月13日(金) 03:53

私のお母さんはレモンケーキがすきでした。
おじぃは三枚肉、おばあはもちがすきでした。
だからお供えして同じものを食べて、先祖とつながっていることを感じます
沖縄人のルーツはまだわかっていません
宗教は人間が考えたもの、言葉なくとも感じるものを古代のひとはわかっていたと思いました

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