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【受験】沖縄以外は県立高校落ちたら私立に入る?

= 猪さん =

沖縄は県立高校落ちたら2次募集があるけど
沖縄以外は2次募集無いのですか?
しかも落ちたら、私立高校お金さえ出せば入れるのですか?

その私立高校もたくさんあるのですか?
沖縄私立高校なんて少ないですよね?
しかもレベルは県立高校より上の気がする?

そんな中、沖縄以外、私立併願とか見かけるけど意味がわからない…

私立高校たくさんあったとして、そんなに生徒集まるのですか?

少子化だし私立高校クラスも少ないとか?

沖縄以外わからない事ばかり、どなたか教えてください。

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19 Comments.

匿名さんより

公立の滑り止めに私立を受験するのは当たり前です
ほぼ全員が複数校受験しますね
私立専願の人もいますがよほど目標校に行きたい人か出来が極端によくない人です
ですから学校のランク付けは沖縄よりもはっきりとしています
また生徒数はさまざまで関東地区の私立校には1学年1,000人以上もめずらしくありませんでしたが最近は少子化でどうなんでしょう?
県をまたいで通学する生徒も多いのでマンモス校は必然的にできたんじゃないでしょうか

2+
匿名さんより

沖縄出身で本土在住です。
普通は公立と私立、併願です。
私立のほうがレベルが低く、
私立は全員合格することが出来ます。
基本的に中学のほうで調整してるらしいです。
(合格出来るところにしか受験させない)
地域によって違うかもしれません。
少子化してるので私立は苦戦してますし
頭のいい子は公立に行くので特待制度などを
導入してますがやはり公立人気です。

沖縄でいう昭和薬科や開邦みたいな
人気の私立や公立中高一貫はない地域です。

1+
匿名さんより

沖縄の私立は頭がいい成績優秀が通う
県外私立は県立落ちた二次、専門課程

5+
匿名さんより

東京は英数国の3科目なのもあって、昔から私立に進む子が多いです。試験科目だけではなく、都立と設備や進学への取り組みも違うからです。私立も少子化で私立も合併や大学の傘下に入る学校もあります。やる気のない高校は不人気になっています。
 都立は3次募集までやっても集まらない高校もたくさんあります。また、都立は不祥事や問題が起きると廃校や合併させられるので学校の経営も大変です。各校に経営戦略室があります。

3+
匿名さんより

北関東在住です。県立高校落ちて、まさに私立のマンモス高校(野球の江川出身の)に通いました。お正月明けに受験があり、滑り止めとして入学金の一部(1万数千円だったかなぁ)を振り込みしておきます。県立落ちたら残りを支払いし、普通に私立に通いますね。なので進学から職業科まで、科もたくさんありますよ。遠足の時は県内のバスが100台くらい集まりました。

1+
匿名さんより

東京ですが都立の二次募集ありますよ。今年はあの日比谷高校が二次募集をしたので大変な騒ぎです。
都立高校を第一希望とする場合は併願優遇制度を使い私立をおさえる事が多いです。高校浪人を出さない為の制度です。
でもおさえの私立だから都立よりランクが下かというとそうでもなく、
同等もしくは上の場合だってあります。
併願優遇は内申点プラスαで(英検などの資格、学校の活動など)で決まります。またあえて私立単願の選択肢もあります。
マーチの附属校などは人気です。
難関大学といわれる大学は今後ますます狭き門になるといわれています。
受験、それにかかる予備校の費用など諸々を考えて選択する子もたくさんいます。
多種多様な道があるのは東京ならではのかもしれません。

4+
匿名さんより

100% 公立>私立 なのではなくて、正確には超優秀から緩いところまで沢山ある、って事。

東大京大の合格者ランキングの上位常連の 灘、開成、ラサール、東大寺学園、洛南、慶應義塾、久留米付設など。これらは皆私立。もちろん、筑波大付属やお茶の水女子大付属のような公立(国立)の超優秀校も沢山ある。

県外の公立高校の難関校は、戦前の旧制中学の流れをくむところがよくある。
沖縄でも、県立一中(首里)、二中(那覇)、三中(名護)、宮古中(宮古)など、旧制中学の流れの高校は比較的進学校の色合いを残していた(特に那覇、首里)。

復帰前から昭和の50年代頃まで、沖縄高校と興南高校、中央高校の三私立高校が県立ダメだった場合の選択肢としてあった。
沖縄高校は予備校の尚学院が経営母体となって進学校へ変身、興南高校も進学クラスを設置し昔とは様変わり。中央高校は消滅し、跡地には球陽高校が作られた(もちろん、両者には血のつながりは全くない)。
また、復帰後開校した昭和薬科大付属は当初から進学校の位置付けではあったが、最初の頃は併願して那覇、首里を選ぶ人が多かった。もちろん、当時の沖縄高校、興南高校、中央高校とレベルは異なるが「県立落ちたら私立」の意味では同じだった。
今の昭薬、沖尚、興南しか知らない世代には想像を絶する、信じられない話だと思うが。

8+
匿名さんより

県外出身者です。
私の地元(関西圏)では私立は3つに分かれます。
・偏差値がとても高い進学校
・環境買いの超お金持ち学校(偏差値は60届くか届かないくらい)
・公立校の受け皿学校=いわゆるヤンキー校

県外との違いで言えば
県外では越県通学は珍しくなく、学年に数名は新幹線通学(20分から30分程度)している子もいました。
入寮するより新幹線の定期代の方がはるかに安いのでね。
私立小学生でも新幹線通学してる子いるから沖縄の人は驚くと思います。
あと私立でも県立でも中高一貫校は昔からあるので沖縄ほど中高一貫生は珍しくない。
今はかなり減ってるけど男子校女子高がある。
県立最強偏差値県や私立王国と地域によって結構ちがう。

7+
匿名さんより

江川投手は高校野球界のマンモスでしたね。
作新学院はかなり大所帯なんですね。友人の子も
野球で茨城から作新へ進みました。

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匿名さんより

私立高校に金さえ出せばって表現はちょっと違うと思いますよ。素行があまりにひどい子は受け入れできないでしょうし。
私立高校側もあまり勉強のできないイメージも困るので特進クラスを作ったり優秀な学生を囲もうとしている地域もありますから。
大阪は公立の受験と合わせて私立は一校しか受験できないシステムと友人聞いたことがあります。
変わって、夫の実家のある神戸方面は灘高があったり、公立中も色々なせいか中学から私立に行かせる家庭が多いですね。
↑の北関東在住さんのお住いのところにも住んでいましたが、公立重視地域なので冬休み明けから多い子は三校受ける子もいたり、トップ公立高校志望の併願者で入試成績のいい子には合格発表時に授業料免除をだしますし、上のクラスに入ればそれなりのサポート体制はどの私立高校にもあるようでした。公立中高一貫校も出来て10年ちょいで出来た頃は沖縄と同じく中学受験熱が加熱したのを覚えてます。
今も追いつけ追い越せで頑張っているようですが、トップ公立高校と比べると実績はのびてきてないかなという印象です。(そもそもトップ高校のレベルが高過ぎなんですけどね)

2+
匿名さんより

県外にあるような私立校、
・公立校の受け皿学校=いわゆるヤンキー校

沖縄にはないですよ。
公立高校だけで十分に賄えています。

10+
匿名さんより

沖縄の県立と私立の実績を見れば、私立の方が断然良いことが分かる。

県立のトップと私立のトップを比較するだけでも差は歴然。

11+
匿名さんより

昔の興南高校は県立を落ちた子が行く学校でしたが、昭和の終わり頃に特進クラスや中学校を作ってだいぶイメージが変わりましたね。

5+
匿名さんより

本土在住ですが
私立イコール公立落ちたから金払って行く
イメージです。
お金はだいぶかかりますが設備や先生の質はいいです。
推薦で行ける大学も多いですし、就職にも手厚く面倒みます。
ヤンキーの受け皿も私立です。

スポーツは設備のいい私立に入れる親も多く
スポーツ推薦や特待(授業料免除)などあります。
授業料もそうですがスポーツにも父母会などお金かかりまくりです。

都会は私立イコール進学校もありますが
地方はやはりあまり金かけずに公立高校→難関大が王道です。

1+
匿名さんより

本土も地域によって全然違う。
大半が中学受験する地域もあるし、
小学校受験が多い地域もある。
ただ沖縄と違うのは少子化が激しい。

2+
匿名さんより

一昔前は滑り止めに興南が普通だったよね。今は進学校でも定員割れるしね。

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匿名さんより

例を挙げればキリがないので九州だけ見てみます。一般にその県のトップとされる高校です。

福岡 久留米大学付設(私立)
修猷館 (県立)
佐賀 佐賀西(県立)
長崎 青雲(私立)
長崎西(県立)
大分 上野丘(県立)
熊本 熊本(県立)
宮崎 宮崎大宮(県立)
鹿児島 ラサール(私立)
鶴丸(県立)

久留米大付設、青雲、ラサールの三校はその県の子供達というより、他府県からも沢山入学する私立ですから、それを除けば九州各県とも県立がトップに名を連ねています。
これらの高校は、古いところは江戸時代の藩校の流れ、少なくとも明治時代の旧制中学がルーツです。

沖縄でも首里、那覇、名護、宮古は戦前の旧制中学の流れですが、戦後アメリカ統治下におかれ、戦後新制高校としてスタートしてるので終戦直後の開校でカウントされる事もあります。
上記4校以外にも、コザ、知念、糸満、八重山なども新制高校として戦後のスタートはほぼ同時です。その後、次第に世の中が落ち着くにつれ、北山、読谷、前原、普天間、浦添、真和志、小禄、豊見城などが開校して行きました。

本土復帰前~昭和50年代前半あたりまでは(当時は全国的にも「偏差値」を指標とはしていませんでした)、沖縄の高校のランキングは「国費留学制度の合格者数」と「琉大合格者数」でした。県内マスコミもこの時期になると高校別の数字を取り上げていたものです。

那覇高校が断トツ(琉大合格が100数十名くらい)、次が首里(100名前後)、3位~10位あたりは名護、前原、コザ、普天間、知念、小禄、糸満、宮古が20~50名くらいの合格者数でした。

復帰後、昭和50年代に県立の普通科高校が次々新設されます。北谷、美里、具志川、北中城、大平(陽明)、与勝、豊見城南、宜野湾、嘉手納、首里東、伊良部などは皆昭和50年代の開校です。

短い期間に沢山の県立高校が増えた事で、それまでダメだった場合の受け皿として機能していた沖縄、興南、中央の3私立高校の生徒募集に大きな影響を及ぼしました。

一方、県立高校を増やしたのと同じ時期、学区制を厳格に適用するようになりました。特に、中北部や先島では普通科高校の選択肢が無くなり、住所により高校が指定される事になりました。那覇市周辺はまだ進学に関心のある父母が多かった事もあり、1校指定ではなく数校程度のグループから選択が可能でしたが。

1校指定となった影響は大きく、名護、前原、読谷、コザ、普天間、知念、糸満などは琉大合格者が激減し現役は1、2名という高校まで。那覇、首里もかつては全県から進学志望の者が入学していたのに数校程度からの選抜になった為、他の高校程影響が大きかった訳ではないにせよやはり実力の低下が出てきました。

県立高校全入状態により生徒募集が厳しくなった私立は沖縄高が沖縄尚学へ、興南高は中等部や理数系クラスを新設するなど進学校へ衣替え、昭和薬科大付属も那覇首里の併願受け皿からより高い進学校へ進化するなど、この時期は県内高校の進学実績に大きな変化が起きました。

県立高校の凋落ぶりが酷くなりましたが、開邦、球陽、向陽、那覇国際の開校により県立の進学校が出来る事に。

昭和50年代の厳格な学区はその後変更になり、どの地区の生徒でも普通科は1校しか選べない、という事は無くなりました。
名護、普天間、宮古のように再び進学実績が伸びつつある高校も出ています。

長くなりましたが、沖縄でもかつては「県立ダメだった場合の私立」という図式はあったのですが、県立高校が沢山新設された為に無くなり、同時に厳格な学区制で那覇首里その他県立の進学校が破壊され、私立高校は進学高へ方向性を変え、その後県立の進学校が新設、というのがこれまでの流れです。

那覇首里も本当は県外公立進学校のように戦前からの伝統の進学校としての役割が果たせたはずですが。厳格な学区という暴挙で県立の進学実績を落とし、4Kのような進学目的の学校を作る。
沖尚や昭薬付がここまでくる時間に見るように、4Kなどの県立校、実績が伸びつつあるとはいえ、これからも何年もかかるかもしれません。この40年くらいの教育行政は誰が責任を取るのでしょうね。
家庭の経済事情等を考えると、県立の進学校は絶対に必要なはずですが。この間、家庭の事情で県外や私立への進学は不可能だが極めて優秀な子が、受け皿となる県立進学校が無いがゆえに難関大への進学が出来なかったケースを思うと怒りさえ感じます。沖縄の損失です。

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匿名さんより

首都圏私立専願で受験しました。
県立落ちたら私立に行くというイメージはないです。
私が行っていた私立高校は裕福な家庭の子が多かったですね。

ちなみに偏差値68の進学校でした。
都内近郊でも私立は進学校多いですよ。

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