【昔】昭和52年ベイ・シティ・ローラーズ来沖

= 内勤希望さん =

昭和52年9月の琉球新報に掲載されている記事の見出し。
当時、大人気であったイギリス出身のロックバンド。
ベイ・シティ・ローラーズが、沖縄公演のため那覇空港に
到着した様子を報じている。

記事によると・・・
空港には”ベイ・シティ・ルック”の少女ファンたち約三百人が
朝早くから詰めかけ到着を待っていた。
しかし、混乱を予想した空港事務所のはからいで
ローラーズは国際ターミナルから数台の車に便乗して
逃げるようにホテルに直行した。
ところで、少女ファンたちは学校をさぼって空港に来ていたため
那覇署の空港警察官派出所は五十人を補導した。

この新聞記事のコピーを妻に見せたところ
「ウワ〜とっても懐かしい〜」
と笑顔になりました。
「実は私も行きたかったの。だけど、勇気が無くて
クラスの数人が教室から姿を消していたから
とっても羨ましかったわ」

現代の女子達にも言えるのですが
当時の女学生の皆さんもパワフルだったのですネ。

9 Comments.

匿名さんより

子供だった自分もうっすら覚えてます、BCRの来沖。
今思えばよくあんな大物洋楽アーティストが沖縄に来ましたね。
タータンチェックが後のチェッカーズに、でした。

匿名さんより

当時ニュースでグランドキャッスルのプールだったかな?
はしゃぐメンバーを見たような気がします。
学校ではコピーバンドが流行っていました。
確か、レスリーの奥さんは日本人ですよね。

匿名さんより

当時のメンバーはおじいちゃんになってる年齢になっているんですね。亡くなったメンバーの一人は一番イケメンだったような気がします。

Hiroさんより

当時高校生でした。

スキー用みたいな分厚いグローブをしてベースを弾くライブ映像が強烈な印象でした。
マイクを外しても歌声が途切れないし。
ライブなのに演奏も歌も生ではなかったんですね。
「ビートルズの再来」と持てはやされていましたが「言った奴、ビートルズに謝れ~」と言っている人も多かったですよ。

匿名さんより

「ビートルズの再来」と持てはやされたグループは数多くいましたがほとんど消えていってますが、その中でBCRはメンバー入れ替えなどの淋しい時期もありましたがまだ現役で活動していることは賞賛します。ボーカルは声が綺麗で上手だった印象があります。

小鳥遊さんより

覚えてますよ。
彼らと共にタータンチェックもはやりましたね。
確か、コンサートのチケット代が五千円
だったはず。
とても子供が出せる金額では無かったので、
私は行けませんでしたが、クラスメイトに
行った子が居てレスリーと握手したとかで
そりゃーもう大騒ぎでしたわ。

海月さんより

いとこの姉ちゃん達は行ったそうです。
部屋の壁には至る所にBCRで、時折口ずさんでたのを覚えてます。
昔は沖縄市民?にJB(ジェームス・ブラウン)が来てたという噂よ。

匿名さんより

中学の時に、一つ上の姉がタータンチェックの服を自作してコンサートに行きました。当時はレスリー推しだったと覚えてる、、コンサートの後だったか当時あった佐敷マリーナに現れたとか記憶してるけど確かではないです。
余談で、大人になってウエストロサンジェルスのちっちゃなクラブでイアンに遭遇したのには驚いたさ。

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