【昔】海上トラックが走っていたあの頃

= 内勤希望 =さん

復帰前、与勝半島と平安座島の海域は遠浅で、干潮時に徒歩で往来可能であったことから、干潮時の干潟を海上トラックと呼ばれる交通手段が利用されていた。1972年の海中道路が建設される以前の話である。
現在ならば、干潟に生息する生物に悪影響を与えるとして、海上トラックの運行に大ブーイングが吹き荒れることだろう。おきうわでもスレが立てられ「沖縄人のやることは・・・」と避難されたはず。
干上がった干潮時の干潟を疾走する海上トラックに乗ってみたいと思いますか?

2 Comments.

大城さんより

内勤さん、おはようございます!
木造バラック小屋のご自宅は
この雨で浸水などされていませんか?
避難場所から投稿されてますか?
ご自愛下さいね。
本題
そのトラックはタイヤではなくブルトーザーのキャタピラの足回りなんですか?
干潟の生物たちは大丈夫ですよ。
毎日何往復かしてるなら逃げていますよ。
潮が引く前にご近所さん声掛け合って避難してるはずです。
トラックの業者も朝イチの運航前にマイクで避難を呼び掛けてたハズ、
知らんけど。

金城さんより

>木造バラック小屋のご自宅
那覇市内あさとにあるデザイナーズマンションのオーナー様です
お母様が木造バラック小屋なんて冗談よしこさんって笑っていますよ

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